バンカート損傷はどうして前下方に不安定になるの?

Bankart(バンカート)損傷とは、関節窩の前下方損傷のことです。引用した山本らは(2010)次のように定義していました。

関節唇-下関節上腕靱帯 (inferior glenohumeral ligament;IGHL)複合体 が関節窩から剥離し内下方に変位した状態

肩関節前方脱臼の際にHil-Sachs損傷(骨頭後外側の陥没骨折)と合わせて、損傷することが多いとされています。

損傷しやすいのは構造的に弱いことが原因のようです。原ら(1994)によると関節窩を時計に見立てた場合、3〜4時に位置する前下方の関節唇は他の部位に比べて弱かったとしてます。しかし繊維の走行の差や細胞の変性など他組織の違いは認められておらず、弱いのは分かったけど理由は分からないようです。

ちなみにBankart損傷はBankartさんが最初に発表されたためこの名前になっており、Hil-Sachs損傷はHilさん、Sachsさんが同時期に発表されたため2人の名前になっているそうです。

肩の整形外科医で有名なT先生が勉強会でお話されていました。

関節窩時計

画像引用:原寛徳 他,肩甲骨関節窩における関節唇と関節包の強度,肩関節18(1),pp.82-87,1994.

CR._Bony_Bankart_lesion_with_stationary_fragment_at_the_inferior_glenoid.

画像出典:Bankart lesion – Wikipedia 一部加工

Bankart損傷だけで不安定になるの?

Bankart損傷が起こるとどうして、前下方に不安定になるのでしょうか?

私はベクトルの図で説明していただいたものが理解しやすかったです。文章で書くのが難しいのですが、Bankart損傷が起こることで関節包や関節上腕靭帯の付着部分が剥がれてしまい上腕骨に対して固定性が甘くなってしまうのです。

なのでBankart損傷があると前方不安定性があると一般的にはされているのですが、山本ら(2010)は外傷性肩関節 前方不安定症のバイオメカニクスなかで、spperさんを引用してどうやらそれだけじゃないかも?と説明しています。以下は文章の抜粋です。

最近の研究から,Bankart損傷のみが 単独で不安定症を起こすのではなく,関節内にはほかにもさまざまな損傷が存在しており,それらがBankart損傷と共同して不安定症を引き起こすことが明らかになってきている。

実験的にも,Bankart損傷を作成するだけでは肩は脱臼しないことが証明されている。Speerら5)は屍体肩を用いてBankart損傷を模擬し,肩を脱臼させようとした。Bankart損傷を模擬するために,右肩で2~8時までの関節包の関節唇への付着部をメスで切離した。しかし,これだけでは まだ肩は脱臼しなかった。彼らは論文の考察のなかで,肩を脱臼させるためにはIGHLそのものの伸長や損傷も必要ではないかと述べている。

<中略>

外転・外旋位では,IGHLは緊張して骨頭が 前方に変位しないように防いでいる。骨頭が前方へ変位するような大きな外力が働く と,緊張していたIGHLは引き伸ばされながら その関節窩への付着部である関節唇ごと剥離する。このように,骨頭が脱臼するときには,Bankart損傷ができるだけでなく,IGHLそのものも同時に損傷しているはずである。

5)Speer KP, Deng X, Borrero S, et al:Biomechanical evaluation of a simulated Bankart lesion. J Bone Joint Surg, 76-A(12):1819-1826, 1994.

孫引きも含まれており申し訳ないのですが、どうやらBankart損傷だけでは前下方不安定性につながらないようです。

もちろん関節唇の一部を剥離すると脱臼しやすくなったと書いてある論文もあるので一概には言えませんが、あわせて関節上腕靭帯、特に下関節上腕靭帯(IGHL)の伸長や損傷などの緩みが合わさると特に危険と言えるでしょう。

山本らの言うように脱臼で一緒に損傷したり、イメージとしては肩の緩い女性や変な瘢痕を過去に作ってしまった方なんかが危なそうですね。

再建術後は前方の縫合部にストレスがかからないように、伸展や外旋は慎重に開始していきます。このへんはARCRの肩甲下筋縫合と同じ考え方ですね。手術が勤め先で手術することになったらまた詳しく調べてみます。

参考文献

(編)林典雄,(編)浅野昭裕,整形外科,関節機能解剖学に基づく整形外科運動療法ナビゲーション 上肢・体幹 第2版,MEDICALVIEIV,pp.83,2014

原寛徳 他,肩甲骨関節窩における関節唇と関節包の強度,肩関節18(1),pp.82-87,1994.

山本宣幸 他,特集 外傷性肩関節脱臼の治療戦略 外傷性肩関節の前方不安定症のバイオメカニクス,関節外科29(11),pp.10-15,2010.